自 己 紹 介

平成30(2018)年6月21日

清原絵画教室講師 清原健彦

 

 

 私が絵の世界にとびこんだのは平成3(1991)年、25歳の春、東京・目黒にある鷹美術研究所(鷹美)に入った時でした。空間とモチーフが充実しており、思う存分描けるその画塾まで自転車で通い、ツナギを着て朝から夕方まで裸婦・静物・石膏を素描し、夜はアルバイトという暮らしを始めました。時々表参道で似顔絵を描いたり、飲食店の壁やシャッターに絵を描く暮らしは、美術家としてのアイデンティティを作る基礎になったと思います。

 

 鷹美では具体的指導がほとんどありませんでしたが、それは良いことだったと思います。自分で調べ、自分で考え、何をどう鍛えるかを自ら設計し、訓練する姿勢を身につけることができたからです。それが、今の指導にも役立っていると思います。

 

 そして多くの美大や画塾がそうであるように、鷹美は日頃の雑談が愉快でした。その中で入りたての自分に向けられた「うまくなる一番のコツは発表すること」という山口鷹所長の一言は、その後の私の重要な指針になりました。積極的に発表し、自律的に道を切り開け、という明快な指針です。

 

 ですから絵画講師となった私はそれを継承し、生徒を自律的存在として放任し、困ったら助ける指導を原則としました。人には人のユニバース(宇宙)があるのです。

 

その3年後に3人展を開いて絵を売り、その翌年に初の個展を開きました。ほとんど手ほどきを受けずに美術作家活動を始めた私は、個展会場で自分の作品を見つめ、鑑賞者と対話することで、問題意識と感受性を磨きました。つまり美術家(アーティスト)になってから、美術家として、美術を学んだのです。ゆえに美術教育不要、なった者勝ち、画材を手に入れて描き、発表すればよい、と思っているのです(笑)。重要なのは自分の役を決めることです。質はその後について来ます。

 しかしその一方で、私は入念に道(メソッド群)を作りました。最初のメソッドを作り、それが機能するのを見た時、「志あるならば、初心者も熟練者も等しく自律的な一人前の作家と言えるだろう。だからこそ多様な個性、多様な美意識、多様な作風、多様な習熟度にあてはまる汎用的・普遍的な道を作るべきだ。あるいは個々の違いに即応する補助的な道を。そして自分にはそれができるようだ。」と実感したからです。

 

※メソッド=定型の上達法

 

 それ以来、狭量な価値観や主義の押しつけではなく、美術の道を歩む全ての者が持っておくべき視点・問題意識を持つように仕向ける道(メソッド群)作りを心がけ、今に至るまで作り続け、それが多様な個性・美意識・作風・習熟度に対応し、かつ選択可能な、豊富なメニューとなっているのです。それが講師としての私の、生産物の一つです。

 

 私は美術教育を受けぬまま、美術作家に次いで、いわばメソッド作家にもなりました。そんな私が行う指導法は多分ちょっとユニーク(独自)に見えるだろうと思います。しかしそれは従来に無く、一般に流通しておらず、ここにしかないものです。粛然とした規定を重視する西洋古典、解放的自由を前に出す近代、そしてオルタナティブな今日的芸術、あるいは格調高い浪漫、軽妙洒脱な諧謔のいずれを指向する人にも役立つものです。

 

 自分は単独・我流で山を歩いて来た者です。基本的にはプレイヤーの側にいる現役の美術作家です。その自分が、道につまずく人を見て整備したら、ちょっと珍妙なものになってしまったかもしれませんが、たくさんの人が喜んで歩くようになったので、張り切って色々、たくさん、作ってしまったのです。かくしてメソッドは私の主要な創作物となり、その道に人を導き入れ通過させるのは、非常に面白く、尊いゲームになってしまいました。

 

 私は現役の制作者として、多くの失敗絵画を生むことで絵画を学んできました。失敗の数が品質を高めると認識しています。だから何がなぜまずいのか、どこからまずくなるのかに通暁しています。別言すれば、人がまずい絵を描こうとする時の発想もよく分かるのです。それはまた、まずい絵にも魅力を感じることができる能力でもあります。作者の意図が分かるから、そこに感情移入できるのです。共感できるのです。また、色々な試行錯誤を重ねてきた私は生徒の多様な個性、多様な希望に対応することも得意です。いわば、ぶれまくってきたのが強みになっています。だから私に絵を見せた人の多くは落胆するのをやめ、勇躍奮起します。

 

 私にとって、生徒を良い気持ちにさせる事はそう難しいことではありません。しかしそれは私の主要な仕事ではなく、それはまあ、もう辞めたんです。そうではなく、私の仕事は生徒の士気を高め、実戦に斬りこめるようにすることです。それを可能にするのがメソッドです。必ずしも職業アーティストにならなくてもいいでしょう。しかしこの教室に来た以上、ぜひともメソッドを通り抜け、生産者として芸術人生を送る志と能力を得る物語に参加してほしいと思います。それは最高に尊い冒険となるでしょう。

 

 「冒険なら単独行が一番」という人は多く、かくいう私も単独派です。いやそもそも、芸術は単独の冒険にしかなり得ないのです。最初から一人で行くのであればおおいに結構、それに越したことはありません。しかし旅立ちに際し、一人旅では不安な人もいるでしょう。その時は、「隊」に加わる手もあります。それが清原絵画教室です。

  

 清原絵画教室生徒が備えているべき資質、それはいったい何でしょう?一つの隊があり、「客」ではなく「隊員」として理想郷を目指すこと、そしてそれを楽しめることです。その資質があれば経験も技量も問いません。